「・・・・・!!」
血の匂いがしてきた。
「・・・・・ンド!!!」
周りから叫び声が聞こえてきた。
「逃げ・・・ランド!!!」
明かりが見えてきた。
「逃げるんだランド!!!」
ランドと呼ばれた少女は誰かの呼び声で目を覚ました。
「んん・・・なぁに、パパ。」
「ランド!逃げるんだよ!!」
「・・・え?にげるって、どうして?」
目を擦りながら寝ぼけ気味の少女は父親に問い返した。
「いいから!早く起きるんだ!!」
少女には大きな瞳をぱちくりさせて何が起きているかわからない様だ。
「あなた!あいつらがもうそこに!!!」
部屋の中に1人の女性が飛び込んできた。
「なに!?くそ・・・!ノースウッドめ・・・!!!ルージュ。俺はチートを起こしに行って来る。ランドを頼んだぞ。」
「わかったわ。」
「ねぇママ。なにかあったの?」
ランドは部屋に飛びこんできた母親らしい女性に聞いた。
「ランド!」
その女性は突然ランドを抱きしめた。
「ランド・・・良いコだから良く聞いてね。ママ達はこれから旅行に行くの。」
「りょこう・・・?こんなにおそい時間なのに?まだ夜だよ?」
「えぇそうよ。だからランド。早くあなたも用意をしてちょうだい。」
「・・・うん。わかった。」
ランドはベッドからおりて引き出しから服を着替えようとしていたが、そこに父親が1人の少年を連れて部屋に入ってきた。
「ランド。着替えなくてもいいんだよ。早くパパ達と旅行に行こう。」
「うん。でもまだ服着替えてないよ?」
「大丈夫。さぁ早く行こう。」
父親がランドの手を引っ張って表へ出ようとした。
「あなた!表は・・・!」
「仕方ないだろう!裏はもうダメなんだ。もう表からしか道はない・・・!」
そういって父親はランドともう1人の少年の手を引っ張って玄関先まで来た。
「ねぇお姉ちゃん。これからどこに行くんだろうね。」
父親に手を繋がれた少年がランドに聞いた。
「わたしもわからないなぁ。チートはどこがいい?」
「う~ん。僕はねぇ、あったかいところで食べ物がた~くさんあるところならどこでもいいや!」
「もう、チートは食いしん坊だなぁ。」
ランドがませたように呆れ顔で首を振った。
「ランド!チート!少し黙ってなさい!」
そこに母親の一喝が入った。
「はぁい。ごめんなさぁい。」×2「じゃあルージュ。覚悟はいいな・・・?」
「ええ、あなた・・・」
「ランド、チート。よく聞くんだ。これからみんなでかけっこだ。扉を開けたら一気に走るんだぞ。」
「「はぁい。」」
そして、父親は扉を開けて第1歩を踏み出した。
ランドにチート。そしてその両親は全速力で走り出した。
「パパ!手が、手が痛いよ!もうちょっとゆっくり走ってよぉ!」
チートが父親と繋いだ手をもがく様に振り解いた。
「こらチート。何をするんだ!!!」
「だってパパぁ・・・」
そうチートが言った瞬間にランドとチートの父親は地面に倒れた。
「パパ!?どうしたのパパ!!」
ランドがそう言って父親の顔を見ようとしたが、そこには父親の顔はなかった。
なかった代わりに首からは夥しい血が噴き出していた。
「「パパ!!!」」
「あなた!!!」
ランドとチート、そして母親が父親の元へ近寄り嘆いていると。
「おっし。見事に命中ーーー☆」
「お。やりやがるな畜生。次は俺も外さねぇぞ。」
「へっ。まだまだ俺様にゃあかなわねぇよ。」
馬に乗った2人の男が喚いていた。
「あなた!あなたあぁぁぁぁっ!!!!」
母親が父親の変わり果てた姿をみて涙に打ちひしがれていると。
『お。綺麗にすっ飛んだなぁ~。』
馬に乗った2人の男が母親に近づいてきた。
「あなたが・・・あなた達が夫を・・・!!!」
凄い剣幕で母親が2人の男を睨みつける。
『おお、恐い恐い。恐いなぁーーー。』
『でもこの女、結構イイ女だぜ。おい。俺様の女になれよ。』
2人の男がふざけた様仕草で話しかけてきた。
「あなた達が夫を・・・」
『・・・聞く耳持たないみてぇだな。と。』
『しょうがないねぇ。』
そう言うと2人のうち白い馬に乗っている男が一瞬手を動かした。
すると。
―――――ゴトン―――――
ランドとチートの目の前に何かが上から落ちてきた。
「・・・ママ・・・」
2人の母親はそこに父親と同じように倒れこんだ。
「ママ・・・いやだよママ・・・」
チートが母親の亡骸にしがみ付くが母親が応えるはずもない。
『大丈夫だよ坊や~~~。お兄ちゃん達がすぐにママに会わせてあげるからね~~。』
男が再び手を動かそうとした刹那。
「チート、逃げるよ!!」
ランドはチートの手を取って全力で走り出した。
「はぁはぁはぁ」
2人は全力で走った。
そして走っているうちにランドは自分が置かれている状況がはっきり飲み込めたようだ。
「なに、これ・・・」
ランドの目に映るものは誰だろう・・・夥しい地面を食らい尽くすかのような血と誰の物か見分けのつかない程バラバラになった肉、そしてまるごと街1つを覆い尽くす炎。
ただひたすらそればかり。
「・・・うっ!」
ランドは吐気を催したが、今はそんなのに構っている暇はない。後ろから追いかけてくる男から逃げるので精一杯だ。
「わたしが・・・わたしがチートをまもらなきゃ・・・!」
10歳を越すか否かの少女には荷が重過ぎる責任だ。
「お姉ちゃん、まって!もう僕走れないないよぉ!!」
「ダメよチート。走って!」
チートが遅くなる分、手を引くランドの負担は重くなる。だが、それを苦にもせずにランドは必死に走った。
すると
「・・・・・・あれ・・・?」
急にチートと繋いだ手が軽くなった。
「・・・チート?どうしたの?」
そう言って振りかえるとチートの姿は数メートル後ろにあった。だがまだ手を繋いでいる感触がある。
ランドはその繋いだ手を確認してみると。
「きゃあぁぁぁっ!!!!」
手は繋いでいたが、繋いでいたのは本当に手だけだった。そこから先の本来あるはずの腕はない。
「お姉ちゃん、痛い!!!痛いよぉぉっ!!!!」
数メートル後ろで右手を失ったチートが泣き叫んでいる。
「チートっ!!!!!」
ランドはチートの元へ走った。が。
1歩遅かった。
『バイバイ、坊や♪』
――――トスッ――――
あっさりとした何かを地面に突き立てた音。
「・・・あ・・・ああ・・・・」
ランドの金色の瞳の先に見えた光景は、細身の剣に頭蓋を貫かれ口と鼻から血を流しているチートの息絶えた姿だった。
「チーーーーーートォォォォォォォッッッ!!!!!」
ランドは勢いよくベッドから跳ね起きた。
「ラ、ランド・・・?どしたの・・・?」
隣で眠っていたクウェアーが目をぱちくりさせてランドを見ている。
「いや・・・なんでもない・・・」
「なんでもない、って。ランド。あなた凄い汗かいてるわよ!?ホントに大丈夫なの!?」
心配そうにクウェアーはランドの額の汗を拭おうとしていた時。
「ホントになんでもないよ・・・ちょっと風にあたってくる。」
それを邪険にするようにランドはコテージの外に出ていった。
ランド達ピョルト傭兵団は今野宿をしている。
一通りの闘いを終え、本部に戻る途中だ。
夜が静寂を支配する中、見渡せば見えるのは女性用のコテージ3つと男性用のコテージ7つ。やはり傭兵団員の女性の少なさを実感する光景だ。
その他には火の守りをしているのが傭兵が数名。
だがどうやらこちらにはまだ気付いていないようだ。
「・・・ふぅ・・・」
外は以外にも涼しく、ランドの上気した肌は一気に冷えていった。
ランドは少し辺りを散歩することにした。
ザッザッザ・・・・
暗闇の中頼れるのは傭兵団が絶やすことの無い火と星の朧な光のみ。
見えるのは延々と伸びる地平線。どうやら傭兵団は丘の上に陣を張っているようで、見晴らしだけはいいようだ。
そしてランドは適当に地面から露出した岩に腰掛けた。
「・・・・・・チート・・・・・・」
ランドは星空の下、地面に咲く1輪の花に目を止めた。
その時、ランドの頬を伝って一筋の雫が流れ落ちた。